雛人形 婚礼と雪洞 vol3

雛人形 婚礼と雪洞 vol3

その昔、上巳の節句に、生児男女の区別なく祝いをしていた事実も伝わっている。
 案ずるに、我が国の原始信仰に、人は誕生する時、肉体と共に霊魂を具えてくる。やがて、魂によって人の活動は促される。
 結婚し、霊魂が結ばれることで、生命は生まれ、死によって魂が肉体から抜け出すと信じられていた。
 懐胎から始まる人生の通過儀礼を考えると、人の誕生の一年は、実に厳格になされる。それは、魂のためになされるとさえいえよう。
 七ツ前は“神の子”といわれるが、それは魂の未熟を意味するのかもしれない。
 ひな祭りでは、女の子の魂や情緒と呼ばれるものの発育が促される。帯解きの祝いをするころには、難しい知識を正しく吸収でき反応できる社会人としての仲間入り(氏子(うじこ)入り)の素地ができあがる。情緒も安定し、“キレる子”など考えられない。

- 生児一人に一飾リ -

 さて、現代の初節旬では、祖母や母親や姉たちのおひな様を飾って祝うことに懸念がもたれているが、ひな祭りに寄せる本来の観念からいえば、お祝いする女の子の婚姻への願いは無視されることになるわけだから、“私のおひな様”、 つまり身祝いとしての各児一飾りの是非は、いうまでもない。
 誕生した女の子の初節句から、年毎のひな祭りを重ねるなかで、やがて、“私のおひな様”という想いが芽生え、強く意識される。、その想いは、日本人女性の誰もが経験することで、昔から脈々と続いてきている。そして女の子の一生を通して、“私のおひな様”にいろいろな思い出や出来事も封じ込められることになる。

(3)ひな壇の婚礼
- 雪洞は華燭の典の象徴 -
2000-f01zu

 循環する四季の十二支の陰と陽(図解参照)。
春 少陽 一月(寅)、二月(卯)、三月(辰)
夏 老陽 四月(巳)、五月(午)、六月(未)
秋 少陰 七月(申)、八月(酉)、九月(戊)
冬 老陰 十月(亥)、十一月(子)、十二月(丑)

 十二支を演出したと考えたい六曲一隻の金扉風の前、おだいり様とおひな様は、日月の暈(かさ)ね紋様・繧繝錦縁(うんげんにしきべり)の畳をのせた浜床台に座る。
 その一対の台の間には、伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美命(いざなみのみこと)二神に供え、御酒が瓶子(へいし)一対で三方に飾られる。これは結婚した夫婦とその家族や親族の絆を結ぶ陰と陽の神酒でもある。
 両側に侍る官女は、長柄の銚子、右側は提子(ひさげ)を持ち、中央は盃か蓬莱の島台を運ぶ姿で、華燭の典・式三献(ひきさんこん)の儀の模様を表している。そして雪洞は、華燭の典での夜陰の灯りを象徴したものといえよう。
 天(あま)の御柱(みはしら)を男神が左廻り、女神が右廻りをして美斗(みと)のまぐあいがある日本創世の神話に倣い、左の瓶子に雄喋(おちょう)、右の瓶子に雌喋(めちょう)の喋花形を飾る。
 二神に供えられた神酒は、まず雌喋の瓶子から提子に移し、次に雄蝶の瓶子の神酒をその上に注ぐ。さらに提子の神酒は、長柄の銚子に移され、盃に注ぐ。
 本来、両側の官女は神に仕える巫女(みこ)の姿で、未婚の女性のため眉があり、左の官女は口を開き、右の官女は口を結んでいる。
 中央の官女は待上臈(まちじょうろう)と呼ぶ年功を積んだ女性で、袿(うちき)を着て、眉がなく口を開けていのる。この女性は婚礼を司会し、祝詞(のりと)の口上を述べ、式三献の儀を進行させる。
 婚礼では、提子に雌喋、銚子には雄喋の蝶花形が飾り付けられるが、瓶子一対を入れて四丁(しちょう)を忌み、菱飾りがつく形式もある。
 宴席を同じ盃が一巡すると一献であり、廻る盃で一回(ひと口)飲むことを一度という。 一献の盃を三度に飲んで三献を重ねるので、三々九度の盃である。
 古代中国では、祝宴の席に人を迎える最高の礼が、九献であった。日本に渡りいつのころから、九献が三々九度の盃に転じたのであろうか定かではない。
ひな壇に嫁入り道具が並ぶ姿のひな祭りでは、初節句にはすでに次の次の世代の誕生をも願う心が込められているのだ。

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